岸部四郎さんが急性心不全のため死去。波乱万丈な岸部さんの半生

グループ・サウンズ「ザ・タイガース」のメンバーで、司会者や俳優としても活躍していた岸部四郎さんが、8月28日、千葉県内の病院で急性心不全のため亡くなっていたことがわかりました。71歳でした。

岸部四郎さんと言えば「ルックルックこんにちは」の司会者で一時代を築いてきましたが、借金問題で降板、その後は脳出血を患い闘病のために入退院を繰り返していました。

そんな岸部四郎さんの、波乱万丈な人生についてまとめて見たいと思います。

岸部四郎さんのプロフィール

  • 本名:岸部四郎(きしべ しろう)
  • 生年月日:1949年6月7日
  • 身長:187cm
  • 職業:タレント・俳優
  • 活動期間:1969年ー2013年

ザ・タイガース時代〜俳優時代

中学卒業後は印刷会社に就職したが、のちに退職しバンドボーイとなる。

その後、タイガースから加橋かつみが脱退したため、兄の岸部一徳の誘いでタイガースに加入。ギターを担当していたが、当時は全く引けず弾くマネやタンバリンを演奏したりしていた。

タイガース解散後も人気は衰えず、ステージでの司会や俳優等して活躍していた。代表作に『最遊記』の沙悟浄役などがある。

ルックルックこんにちはの司会から、自己破産へ

1984年に沢田亜矢子のこうにんとして『ルックルックこんにちは』の司会へ就任。

1998年までの13年間司会を務めるが、自身の金銭問題が原因で降板。

岸部四郎さんは、貯金が苦手な上に、人が良すぎ連帯保証人を次々に引き受けていたようです・・・。また事業を起こしたいという欲もあってか色々なものに手を出した結果、借金が4億2000万円に膨らんでいたことが発覚しました。(その後のテレビ出演で借金総額が20億円とも言われていました・・・。)

この金銭問題が明るみに出ると、自主的に『ルックルックこんにちは』を降板し、翌年に破産宣告を受けます。いわゆる自己破産です。

しかし、岸部さんほどの年収があれば自己破産の必要は無かったんじゃないかとの意見も出ています。

自己破産後の活動

自己破産後は、自身の失敗をネタにしてバラエティー番組への出演が増えていきました。

そして、2003年に脳内出血で倒れ緊急入院します。生死をさまよう状態でしたがなんとか一命を取り止めました。しかし、この後遺症で視野狭窄を患い、右目の視界が3分の1しか亡くなってしまいます。

退院後はドラマなどで活躍していましたが、2009年に体の身動きが取れなくなり、この頃からメディアへの露出が困難になってきます。

どうやらパーキンソン病も患っており、老人ホームで暮らしながら闘病生活を続けていました。

しかし、2020年8月28日に急性心不全のために帰らぬ人となってしまいました。

まとめ

波乱万丈な人生を送った、岸部四郎さんの半生についてまとめてみました。

人気絶頂だった時代と、落ちぶれた時代、そして闘病生活と大変な人生だったと思います。

71歳と早すぎる死の気もしますが、心よりご冥福をお祈りいたします。